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長野地方裁判所 昭和52年(行ウ)1号 判決

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 武田芳彦

大門嗣二

木下哲雄

被告 長野県公安委員会

右代表者委員長 塚田豊明

右訴訟代理人弁護士 土屋一英

右指定代理人 具島吉信

〈ほか七名〉

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主位的請求

(一) 被告が原告に対し、昭和五一年八月一〇日付長野県公安委員会達第八七号をもってなした昭和五〇年一月二二日第一一六五〇〇〇〇五号許可を取り消した処分は無効であることを確認する。

(二) 被告が原告に対し、昭和五一年一二月三日付長野県公安委員会達(保安)第一一〇号をもってなした棄却決定は無効であることを確認する。

(三) 被告が原告に対し、昭和五一年一二月二四日付をもってした自動車運転免許取消処分は無効であることを確認する。

2  予備的請求

(一) 被告が原告に対し、昭和五一年八月一〇日付長野県公安委員会達第八七号をもってなした昭和五〇年一月二二日第一一六五〇〇〇〇五号許可を取り消した処分は取り消す。

(二) 被告が原告に対し、昭和五一年一二月三日付長野県公安委員会達(保安)第一一〇号をもってなした棄却決定は取り消す。

(三) 被告が原告に対し、昭和五一年一二月二四日付をもってした自動車運転免許取消処分は取り消す。

(四) 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和五〇年一月二二日、被告から第一一六五〇〇〇〇五号許可をもって散弾銃の許可を受けた。

2  原告は、昭和五〇年三月一一日、被告から普通自動車及び自動二輪車の各運転免許を受けた。

3  ところが、被告は、原告に対し、昭和五一年八月一〇日、第1項の許可につき、原告が銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号に該当するとの理由でその許可を取り消す行政処分(以下、本件許可取消処分という。)を行い、右処分に対する原告の異議申立に対しても決定でこれを棄却し(以下、本件異議棄却決定という。)、昭和五一年一二月二四日、第2項の免許につき、原告が道路交通法一〇三条一項に規定する欠格事由があるとして右運転免許の取消処分(以下、本件免許取消処分という。)を行った。

4  しかしながら、原告には前項に記載した処分や決定の事由たる欠格事由は存在しないことが明白であり、右処分・決定には重大かつ明白な瑕疵があるので、主位的に右処分・決定の無効確認、そして予備的にその取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

被告は、原告が、道路交通法八八条一項二号所定の欠格事由(てんかん病者)に該当するに至ったので同法一〇三条一項によって自動車運転免許を取り消し、また、銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号の欠格事由(精神病者)に該当するに至ったので同法一一条一項によって銃砲所持の許可を取り消したものであり、被告が原告をてんかん病者ないしは精神病者に該当するとした判断にはなんらの過誤もないから、前記取消処分並びに異議申立棄却決定はいずれも適法である。

1  道路交通法八八条一項二号は、てんかん病者には運転免許を与えない旨を規定し、てんかん病者についてはその症状の程度によって何らの区別を設けていないし、一切の除外例も認めていない。すなわち、てんかん病者と認められる限り、これを絶対的な欠格事由とし、たとえ軽症のものであっても、同人の運転によって万一にも起こり得る事故を未然に防止し、もって道路交通法一条所定の目的を達成しようとしているのである。銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号が所持の欠格者として規定している「精神病者」についても全く同様に解すべきである。

2  被告が、原告の運転免許及び銃砲の所持許可を取り消した経過及び理由は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和五一年五月二九日午前八時一〇分ころ、普通自動車を運転して、県道三寸木小海線を進行中、南佐久郡北相木村一六三番地先において、自車の右前部を道路右側の岩壁に衝突させ、約四三・四メートル滑走して停止し、運転席で意識を失っているところを通行人に発見され、警察官に通報された。右通報を受けた臼田警察署は道路交通法違反被疑事件として捜査を開始し、一方、原告は、直ちに、佐久総合病院に収容されたが、事故後約三五分間意識不明で、診察の結果、外傷は全治三日間を要する程度であったが既応症である症状てんかんについて精査加療のため引き続き入院していた。

(二) 被告は、臼田警察署から右被疑事件について捜査結果の報告並びに原告について運転免許及び銃砲の所持許可を取り消すのが相当である旨の上申を受けたので調査した結果、以下の各事実が判明した。

(1) 原告は、昭和二六年一月生まれで、同四二年二月六日自動二輪車の、同四四年四月二四日普通自動車の運転免許を受け、同四九年一二月七日付小海赤十字病院上原高美医師作成の原告をてんかん病者と認めない旨の診断書を添えて銃砲の所持許可を申請し、同五〇年一月二二日その許可を受けたものである。ところが、原告は出産の際脳に傷害を遺したため生後数か月のころから発作を起こし、小学校二年生の同三三年一二月四日以来同五一年五月一四日まで佐久総合病院に通院加療し、その症状は、左半身のけいれん発作であった。そして、治療によってけいれん発作は抑制されているが、時に発作を起こして意識障害に陥ることがあった。

(2) その間、高校卒業の翌年の昭和四五年夏ころ、自動車を運転中発作の予感がしたので、車を道路端に停止させたまま意識を失っていたところを通行人に発見されて病院に収容されたことがあった。

(3) 昭和四八年九月一二日上田市の小林脳神経外科病院の診察を受け、全身けいれん発作と診断され、脳波に異常があった。

(4) 前記昭和五一年五月二九日の交通事故は、てんかんの発作による疑いが濃厚である。

(三) そこで、被告は昭和五一年八月六日、道路交通法並びに銃砲刀剣類所持等取締法所定の聴聞を行った。その際、原告は代理人木下哲雄弁護士、補佐人甲野春子(母親)と共に出頭し、こもごも意見を述べ、代理人において記録を閲覧し、かつ、有利な証拠として同年八月五日付の医師石川誠作成の診断書兼意見書を提出した。右書面には、「五月二九日入院以前は時に発作の出現があった。もっとも入院後の治療などによって六月一日から発作は無いが、薬の確実な服用をしないと発作の起こる可能性があり、三ないし四か月経過を観察したうえで明確な診断書を作成したいので、免許については当面は停止処分にし、再審査をして取消か、交付かの結論を出すのがよい。」旨記載されていた。

(四) 以上の経過と状況の中で、被告は慎重に検討した結果、原告を道路交通法にいうてんかん病者、銃砲刀剣類所持等取締法にいう精神病者に該当するものと認め、同日、運転免許については一八〇日間の免許停止処分に、銃砲の所持については許可の取消処分にすることに決定した。

(五) その後、同年一二月二日、石川医師から診断書が提出され、被告は一二月二四日再度の聴聞を行ったところ、当日、原告は石川医師作成の一二月一五日付報告書を提出したが、右診断書には病名は精神運動発作とあり、四か月間の経過としては、「意識を消失するような発作はなく、発作波の出現もなく、内服薬も正確に服用されている。もっとも今後も投薬を継続する必要はあるが、意識消失発作は起こらないと思われる。」旨の記載があり、また、一二月一五日付報告書には、「治療を継続する必要があり、薬を服用しなければ時に意識消失発作を起こす可能性がある。脳波は改善されているが普通の人のパターンとは異る。」旨の記載があった。

(六) そこで、被告は、右石川医師の経過観察結果並びに従来の原告の症歴、治療の経過等を慎重に検討し、一方、道路交通法八八条一項の立法趣旨を併せ考えたうえ、原告を、なお同法所定の免許の欠格事由であるてんかん病者に該当するものと認め、その取消処分をした。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(認否)

1 被告の主張前文及び1は争う。

2 同2(二)(1)中、出産の際の脳傷害と発作の因果関係については不知、昭和五一年五月一四日までの間に発作があったことは認める。同(2)は認める。同(3)中、脳波に異常があったことは不知、その余は認める。同(4)は否認する。

3 同2(三)ないし(五)は認める。

4 同2(六)は争う。

(反論)

1 処分の実体的違法性

(一) 原告は道路交通法八八条所定の「てんかん病者」に該当せず、運転適性にも問題はない。

(1) 「てんかん病者」と運転免許を論ずる際の視点

道路交通法八八条一項二号の合理性は、道路交通における安全性の見地から当該病者には運転適性がない、換言すれば、その病名により、免許を剥奪しなければならない程の危険性が存在する場合に限って認められるべきである。一口に「てんかん」といっても、その発作歴、発作の程度、頻度、態様は多種多様のものがあり、個々の患者の診療との関係における将来の見通しも様々である。「てんかん病者」について運転適性の有無を判定する際の中核的基準となるのは発作である。「てんかん病者」の道路交通における危険性は発作によるものであり、発作がおさまっておれば危険はないわけである。現に、てんかん者の交通事故に関する内外の統計的調査結果によれば、てんかん者を正常人から区別しなければならない有意差を認めることはできない。

(2) 「てんかん」の病理と運転適性

てんかん発作は、脳神経細胞の異常な興奮がてんかん閾値を越えた場合に発生し、様々な機能障害を惹起させるものである。ところで、てんかんに関する医学は戦後長足の進歩をとげ、現在では、適切な抗てんかん薬を規則正しく服用することにより、ほとんど発作を抑制することができるようになっている。今日の臨床てんかん学の立場からは、運転免許を与えるかどうかについての諸判断基準として、(イ)発作の抑制可能性のほかに、(ロ)脳波の安定、(ハ)服薬の確実性、(ニ)性格のまじめさ、(ホ)痴呆症状がないこと、(ヘ)他に神経症状がないことが主張されており、以上の諸判断基準をみたす限りは運転免許を与えなければならない。

(3) 原告の発作歴

原告は、昭和三三年一二月四日以来、佐久総合病院神経科の治療を受け、小学校の間は年二、三回けいれん発作がみられ、その後、中学、高校時代はけいれん発作はなかった。高校卒業後、昭和四五年には自動車運転中、気分が悪くなったことが一度あり、同四八年から同五〇年にかけて、服薬が不規則になったことから意識障害を伴う発作が何度か出現した。しかし、昭和五一年五月二九日の事故を除いては交通事故は一度もない。右事故も、てんかんの発作によるものではなく、スピードの出しすぎとタイヤがすり減っていたため、急カーブを曲りきれなかったために発生したものである。

(4) 事故後の改善―脳神経外科の治療

右交通事故後、原告はこれまでの神経科から脳神経外科の治療を受けるようになったところ、運転免許を取り消されるかもしれないという重大な立場に立たされ、自己の病気に対して強い関心と自覚を持つに至った。そして、医師の治療により、昭和五一年六月一二日の失神発作を最後に、その後は、頓座型のわずかの発作があるのみで意識喪失は全くなくなるまでに改善された。原告の場合、同五一年一二月当時も、同五二年当時も、普通てんかん発作という場合に想像するものから比べると極めて軽微なものである。したがって、原告は本件免許取消処分当時においては、前記の運転免許に関する諸判断基準を全て満しており、運転適性には何ら問題がなかったものである。

(二) 原告は銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号所定の「精神病者」に該当しない。

これも、運転免許についてと同様に、原告は失神発作が抑制されており、銃を取り扱うについてなんら危険は存在しない。当該規定は、銃砲所持の欠格事由として銃砲のもつ破壊力を弁別できない者あるいは自己の意思で銃砲を制御できない者を予定しているというべきである。なおまた仮に失神発作が出現したとしても、失神発作の場合には銃砲を操作すること自体が不可能であるのだから、いずれにせよ原告の銃砲所持には何の危険も存在しないというべきである。

2 処分の手続的違法性

本件各取消処分の手続は、適正な法律手続に違背する点で違法かつ無効である。

(一) 適正かつ合理的な手続の保証

原告は、昭和四四年三月○○○○○高校卒業後、家業のコンデンサー部品製造を手伝っていたが、同四七年四月から○○○○商工会に勤務するようになり、その事務や、商店の経営相談、税務相談などに応じているものであるが、仕事がら、商店回りをする際など、車が必要不可欠な足となっている。運転免許は現代生活において、特に交通不便な寒村において非常に重要な資格である。そもそも、運転免許にしろ、散弾銃所持許可にしろ憲法一三条の「個人としての尊重」「幸福追求権」に帰着するものであり、「立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする」ものであり、その剥奪の手続は適正且つ合理的なものでなければならない。

(二) 本件取消処分等の杜撰さ

原告は、昭和五一年一二月二四日に実施された第二回聴聞期日において運転免許を取り消された。右聴聞期日に、原告は石川医師作成の診断書と報告書を有利な証拠として提出援用したが、それによれば原告の症状は服薬により明らかに著しい改善を見せていることは明らかである。しかるに、被告はこれらに対して何ら合理的な検討も行わず、運転適性に欠けることにつき原告を納得させる反対証拠を何一つ用意することなく、即日取消処分を行った。被告にはてんかん学に精通した専門家がおらず、しかも、それにもかかわらず被告は道路交通法一〇四条三項所定の専門的知識を有する参考人の出頭を求め、意見を聴取する等の努力を行なわないばかりか、ひたすら前記交通事故をてんかん発作によるものとする警察の報告をうのみにした事実認定をしたために右のような処分をするに到ったものであり、これは明らかに処分要件の認定について審理不尽の違法があると言わなければならない。

3 憲法違反

被告主張のように、「てんかん病者」を運転免許について、また、「精神病者」を銃砲所持許可に関するそれぞれ絶対的欠格事由と解するならば、道路交通法八八条一項二号、同法一〇三条一項、銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号、同法一一条一項二号は法の下の平等を宣言する憲法一四条、個人の尊厳、幸福追求権を宣言する憲法一三条に違反する法令であり無効であるというべきである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が道路交通法八八条一項二号所定のてんかん病者並びに銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号所定の精神病者と認められるか否かにつき判断する。

1  精神医学上のてんかん病者の概念について

《証拠省略》によると以下のとおり認められる。

(一)  てんかん病は、一九七三年になされた世界保健機関の定義によれば、脳性てんかん発射(脳波)が引き起こす反復性のてんかん発作を主徴とする慢性脳疾患とされている。その特性は、(1)てんかん発作にはてんかん脳波が伴うこと、(2)発作が反復すること、(3)慢性病であること、(4)脳疾患であること等である。

(二)  てんかん発作は、人脳の高次中枢神経系を形成し末梢系を支配している無数の脳細胞の一部に異常な電気的興奮が生じたときに、その部分の機能が自動的に現われて対応症状をもたらすことによるものとされているが、現在では、その症状としてけいれん発作以外に非けいれん発作もあることが判明している。てんかん発作は、次のような諸機能障害が、単独に、或は複合して起こるものとされている。

(1) 意識障害

最も特徴的な主な症状で、一瞬の意識消失から十数秒間の意識欠損まである。後者の典型は「欠神」で、突然運動が止まって一点を見つめる状態で静止し、終わるとたちまち生き生きとした表情にかえる。けいれん発作の場合も意識消失、昏睡、もうろう状態と移って回復するのであるが、からだの一部に限局する部分けいれん発作では意識が保たれていることがある。ただし意識障害、特にもうろう状態が数時間や数日間続く異常状態もある。

(2) 運動機能障害

興奮と抑制との二極があり、前者ではけいれん、後者では無動、さらに脱力して転倒したりする。

(3) 知覚機能障害

体の感覚や知覚機能の増強ないし低下で、手がしびれたりする感覚部分発作がその例である。

(4) 自律神経機能障害

突発する発汗、腹痛、尿失禁、心拍亢進、勃起などで、自律神経発作が典型である。

(5) 精神機能障害

錯覚や幻覚のほか、もうろう状態まであり、一般に後者では一見したところ秩序的ではあるが、どうも目的のはっきりしないといった行動(自動症)がみられる。全経過は数分から十数分程度で、徐々に正気にかえるが、抑えると反抗することもある。本人はこの間のことを覚えていない。

2  道路交通法八八条一項二号所定のてんかん病者の概念について

道路交通法八八条一項二号所定のてんかん病者とは、右の精神医学上のてんかん病者の概念を前提とするものであるが、必ずしもこれと完全に一致するものではなく、当該規定の趣旨にてらして、当該人が自動車を運転する時は、その者の有するてんかん病の具体的症状の発現により道路における危険を惹起し、交通の安全と円滑を害する可能性が相当程度に存在すると社会通念上判断されるような者をいうと解するのが相当である。

3  銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号所定の精神病者の概念について

銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号は、道路交通法五条一項二号が免許の欠格事由としててんかん病者を精神病者と並列して規定しているのに対し、てんかん病者を精神病者とは別個に許可の欠格事由として規定していない。しかしながら、当該規定の趣旨は、銃砲所持に関する欠格事由としての一定の精神障害者からてんかん病者を除外するものではなく、精神医学上の概念としての精神病者の内にてんかん病者が含まれることを前提として、精神障害者について銃砲所持に関する危害予防上必要な規制を定めたものと解すべきである。そうすると、右条項の精神病者とは、てんかん病者については、当該人が銃砲を所持する時は、その者の有するてんかん病の具体的症状の発現により他人の生命若しくは身体又は公共の安全を害する可能性が相当程度に存在するものと社会通念上判断されるような者をいうと解するのが相当である。

4  右のてんかん病者及び精神病者の概念を前提として、原告が右のてんかん病者及び精神病者に該当するか否かを検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すると、本件許可取消処分並びに本件免許取消処分に至るまでの原告の病歴について以下のとおり認定できる。

(1) 原告は、昭和二六年一月一五日、骨盤位にて出生し、出生時仮死状態であった。乳児期に三、四回顔面のひきつけがあり、以後小学校入学時まで異常はなかったが、小学校一年の時、教室で突然倒れて嘔吐し、長野市内の病院に受診したところ、脳波検査により右側にかすかに乱れる部分のあることが判明し、同病院の紹介により昭和三三年一二月四日より佐久総合病院精神神経科の診断・治療を受けることとなった。同精神神経科の診察では、その当時原告には、「助けてくれ。変だよ。」等と叫び、ついで意識喪失から睡眠に移行する発作並びに左半身に限局するけいれん発作があり、以降も小学校の間は一年に二、三回同様の発作があり、服薬による治療を受けていた。同精神神経科の神岡医師の診断では、原告の病名は、難産による出産時の脳障害が原因した症状てんかんとされている。

(2) 原告は、中学・高校の六年間は規則的な服薬を続け、発作はなく、時に「おおい、俺は気が遠くなる。助けてくれ。」と寝言を言うことがある程度であった。原告は、昭和四四年三月高校を卒業後、家業の手伝い等をした後、同四七年四月から○○○○商工会に勤務するようになり、自動車による通勤をしていた。ところが、原告は、高校卒業後頃から服薬が不規則となり、昭和四五年夏頃、自動車を運転中発作の予感がしたので、車を道路端に停止させたまま意識を失っていたところを通行人に発見され、病院に収容されたことがあった。(右昭和四五年夏頃のできごとについては当事者間に争いがない。)また、その頃、夜寝つく時に「危ないぜ、気をつけろ。」等とうわ言様のことがあり、昭和四六年には少しめまいがしてくらくらしたことがあった。当時、同精神神経科で診察した医師から、「正確に薬を飲んでいないようなので、少なくとも一日二回薬を飲んだ方がよい。」旨注意されたが、原告はその後も規則的な服薬を忘れることがあった。同四七年も発作らしい発作はなかったが、頭の半分が少し痛くなることがあり、同四八年ころも頭がくらくらすることがあり、同年九月勤務先において仕事中及び宴会の後各一回少し気が遠くなってから意識がわからなくなって倒れたことがあり、寝不足、疲労、服薬を忘れた後等に具合が悪くなることがあった。そこで、原告は、同四八年九月一二日、小林脳神経外科の診察を受けたところ、臨床診断名はてんかんとされ、脳波検査の所見では、棘波が両側前頭、側頭部に見られ、引き続き佐久総合病院での受診を指示された。同四九年には、九月、一〇月に各一回意識が瞬間的に失われる発作があり、同五〇年にも服薬を二、三日忘れた時、吐気がして胸がむかむかし気が遠くなることがあった。同五一年には、三月一日勤務先において、同月六日自動車運転中にそれぞれ吐気の前駆する意識混濁ないし意識喪失の発作があり、四月中にも勤務先及び自動車運転中において、同様に吐気を前兆とする失神発作があり、医師から自動車運転を控えるよう忠告された。なお、原告は、昭和四九年一二月一七日、小海赤十字病院において銃砲所持許可申請のための診断を求め、てんかん病者と認めない旨の診断を受けたが、これは原告が医師の問診に対し「どこも異状がない。」旨答えたためであった。

(3) 原告は、昭和五一年五月二九日午前八時一〇分ころ、県道三寸木、小海線の北相木村一六三番地先の小海方面に向けて左に大きくカーブした後右にややカーブしている箇所を自動車で運転走行中、カーブの入口では当初ハンドルをきったもののスピードの出しすぎ及び摩り切れたタイヤを使用していたこともあって左カーブを曲り切れず右側の岩壁に衝突して自車の右側一部を損傷する交通事故(以下、本件事故という。)を起こし、そのまま約四三メートル進行して道路左側に停止した。右事故後まもなく救急車が到着した時には、原告は運転席に座ったまま口からよだれを流し意識の鮮明でない状態であった。それから、原告は佐久総合病院脳神経外科に収容されたが、午前一一時三〇分に意識清明となるまで全くの昏睡状態で、痛み刺激にも反応せず、右への共同偏視が認められ、てんかん発作後の睡眠と判断された。原告は、本件事故による頭部外傷については全治三日の軽傷と診断されたが、既応疾患について同科の鳴瀬、石川各医師による精査加療を受けるため同年六月一一日まで入院した。その間著変はなく、脳波については脳全般に徐波がやや多く、ことに右前頭項・右前側頭・右後側頭にかけた徐波焦点がみられ、問診により左半身のしびれにとどまる感覚性ジャクソン発作類似のものが認められた。同月一一日、左上肢からはじまる二、三秒間の感覚性ジャクソン発作様のものがあり、同月一二日には、同様の発作から失神発作に移行することが三回あったので、医師により処方の手直しがなされた。同年七月九日には就寝して約一五分後左上肢の冷感、吐気が出現したが、それのみにとどまった。同年八月五日、脳波を再検したところ、全般に徐波は多いものの、右前頭・右側頭の徐波焦点ははっきりしなくなった。同年九月六日及び同年一一月三日には、いずれも左半身の冷感ついで吐気があったが意識消失には至らなかった。同年一二月二日には吐気のみがあった。以上のように、本件事故後は、同年六月一二日の失神発作を最後に、それ以降失神発作はなく、頓座型の発作があったのみである。

(4) 神岡医師作成の臼田警察署の照会に対する昭和五一年七月六日付回答書には、「原告の病名である症状てんかんとは、けいれん発作や意識障害発作をいう。原告については、治療によりけいれん発作は抑制しているが、まれに軽度の意識障害が発現することがあるように思われる。」旨記されており、同医師は、同年六月一二日以降原告にみられる発作を本来の発作が服薬により抑制されたことにより生ずる頓座型の発作であると説明する。石川医師は同年一二月一五日付報告書で、原告の病名を精神運動発作であるとし、「精神運動発作とは、いわゆるてんかんの一種である。その具体的症状は、意識状態の特殊な変調をきたすものであり、短時間の意識消失や無意識のうちの行動等の発作があらわれる。」と説明し、更に、原告が当時内服していた薬を服用しないと時には短時間の意識消失発作がある可能性を認めている。鳴瀬医師は、原告の主要な症状である失神発作は精神運動発作の範疇に入れるべきものとするが、佐久総合病院入院後の原告にみられた感覚性ジャクソン発作類似の左側の知覚異常については、これを右精神運動発作と因果関係の認められるものか或は複合しているものとみるかは疑問であるとし、同時期に原告にみられた吐気と鼻の中の冷感については精神運動発作の頓挫型であるとする。

(二)  以上に認定したところによれば、原告には幼少時において左半身に限局するけいれん発作及び意識を喪失する発作があり、高校卒業後から本件事故の前後にかけて短時間の失神発作が度々発現しており、右失神発作は、精神医学上てんかん発作の一種である精神運動発作の症状であるとされているのである。そうである以上、原告が自動車を運転する時に右精神運動発作の症状が発現して失神発作を起こした場合には、道路交通の安全性の見地から極めて危険な事態が生ずるであろうことは経験上何人にもたやすく予測できることといわなければならない。

また、原告が銃砲を所持する時に右失神発作を起こした場合には、公衆の生命・身体の安全にとって極めて危険な事態が生ずるであろうことも経験上容易に予測できることである。原告は、失神発作が出現した場合には銃砲を操作すること自体不可能であるから何の危険もないと主張するが、失神発作にもさまざまな程度があり、完全な意識喪失のみならず意識もうろう状態に到ることもあることは先に精神医学上のてんかんの概念について認定したところから明らかであり、右発作中銃砲を操作することが必ずしも不可能であるとはいえないから、原告の右主張は採用できない。

(三)  ところで、原告は、本件許可取消処分及び本件免許取消処分当時服薬によりてんかん発作は抑制されていたうえ、運転適性に関する諸判断基準を全て満たしていたから、道路交通法上のてんかん病者及び銃砲刀剣類所持等取締法上の精神病者に該当しないと主張するので、この点について更に検討する。

本件事故後、原告が佐久総合病院脳神経外科の治療を受け、処方の改善がなされた結果、昭和五二年六月一二日以降は、原告の主要な症状である精神運動発作の発現である失神発作は認められず、感覚性ジャクソン発作類似の局部感覚異常又は頓挫型の発作が時折現われたのみであったことは、前示認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、現在では有効な抗てんかん薬が存在し、服用者の約七五%に発作抑制がもたらされていること、しかし、現実にてんかん発作を抑制するためには、抗てんかん薬を一日二ないし三回規則的に服用することのほか、便秘、極端な疲労、睡眠不足、多量の飲酒を避ける等の生活上の配慮を怠らないこと及び専門医の定期的な診察を受けることが必要であること、本件許可取消処分及び本件免許取消処分当時において原告の服薬していた抗てんかん剤中には催眠鎮静剤も含まれていたが少量であって常用による馴化により医学上は自動車運転に支障をもたらす程のものではないと判断されること、また原告は本件事故以降右各時点まで正確に服薬を続けていたが、右時点においてもその以後においても原告には服薬を続けることが絶対に必要であり、服薬を怠れば意識を喪失する失神発作が起こることが予想されたこと、原告にみられた感覚性ジャクソン発作類似の発作或は頓挫型の発作が自動車運転中発現したとしても医学上は運転操作をするについて特に問題とするほどの支障がないと判断されること、鳴瀬医師の意見としては運転免許取得を認める条件の一つとして最低限一年間の観察期間が必要であること、以上の各事実が認められ(る。)《証拠判断省略》。

右認定事実によれば、本件許可取消処分並びに本件免許取消処分のなされた当時においては、原告は規則的な服薬を励行しており、原告の主要な症状である失神発作は発現していなかったことが認められる。そして、このような状態が相当長期間にわたって経過した後において慎重に検討したうえ、原告の発作出現の抑制が十分に担保されていると社会通念上判断されるように至った場合においては、原告は道路交通法所定のてんかん病者、あるいは銃砲刀剣類所持等取締法所定の精神病者にあたらないものといわなければならない。しかしながら、本件許可取消処分及び本件免許取消処分のなされた時点では、原告が正確な服薬を励行し、失神発作が出現しなくなってから二か月或は六か月という短期間しか経過しておらず、先に認定した原告の病歴及び従前の服薬態度にてらすと右程度の失神発作消失期間の経過によっては、未だ原告の失神発作発現の可能性は相当程度存続していたものといわなければならず、右各時点において、原告は銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号所定の精神病者、或いは、道路交通法八八条一項二号所定のてんかん病者にあたるものと認めるのが相当である。

三  原告は、本件許可取消処分及び本件免許取消処分は適正かつ合理的な手続の保証に反するから違法かつ無効であると主張する。

しかしながら、被告の主張2(三)ないし(五)の各事実は当事者間に争いがなく、右事実及び《証拠省略》によれば、本件許可取消処分及び本件免許取消処分に先立って銃砲刀剣類所持等取締法及び道路交通法所定の各聴問が実施され、右聴問期日に原告は出頭して、いずれも有利な証拠として石川医師作成の診断書等を提出援用して意見または釈明を述べたこと、右石川医師作成の診断書等はかなり詳細に原告の病状を記したものであったことが認められる。そうだとすれば、前記事実関係のもとにおいて被告が特に専門的知識を有する参考人の出頭を求め意見聴取する等の措置をとらなかったからといって、被告の右各処分に適正かつ合理的な手続に反した点があるとはいえない。

よって、この点に関する原告の主張は採用できない。

四  原告は、てんかん病者を運転免許について、また精神病者を銃砲所持許可について、それぞれ絶対的欠格事由と解するならば、道路交通法八八条一項二号、同法一〇三条一項、銃砲刀剣類所持等取締法五条一項二号、同法一一条一項二号は憲法一四条、同法一三条に違反する法令であると主張する。

しかしながら、道路交通法所定のてんかん病者及び銃砲刀剣類所持等取締法所定の精神病者の各概念については前記二の2、3に示したとおりであり、これを前提とするならば、てんかん病者或は精神病者が自動車運転又は銃砲所持をする時は他人の生命・身体の安全に対し極めて危険な事態が生ずることはたやすく予測できることであり、これらの者に対し自動車運転免許又は銃砲所持許可を与えないことは必要かつ合理的な制限であって何ら不法・不当なものではないから、右各規定が憲法一三条、一四条に違反するものとは認められない。

従って、この点に関する原告の主張も失当である。

五  してみれば、被告のなした本件許可取消処分並びに本件免許取消処分はいずれも瑕疵がなく相当なものであるから、右各処分の無効なことを前提とする原告の主位的請求の趣旨(一)(三)項の請求及び右各処分の違法なことを前提とする原告の予備的請求の趣旨(一)(三)項の請求はいずれも理由がないものといわなければならない。

六  原告が本件異議棄却決定の瑕疵として主張するところは、すべて原処分である本件許可取消処分についての瑕疵であって、異議棄却決定自体の瑕疵を主張するものではない。

そして、行政事件訴訟法一〇条二項によれば、処分の取消しの訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取り消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない旨定められている。同項は、文理上裁決取消しの訴えにおける原告の違法事由の主張を制限したものと解される。しかしながら、一方取消訴訟においては被告である行政庁が処分・裁決の適法性について主張・立証責任を負うものと解すべきであるから、このことから考えると、同項は、裁決取消しの訴において被告である行政庁において原処分の適法性について主張・立証する必要はなく裁決自体の適法性のみについて主張・立証責任を負う旨規定したものと解するのが相当である。そして、本件異議棄却決定自体の適法性に関する事実については、原告が明らかにこれを争わず、弁論の全趣旨によるも争っているものとは認められないから、自白したものとみなすべく、右事実によれば本件異議棄却決定は適法であって、本件異議棄却決定に瑕疵があることを前提とする原告の本件異議棄却決定の無効確認及び取消しの請求はいずれも理由がないものといわなければならない。

七  よって、原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安田実 裁判官 山下和明 三木勇次)

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